金曜日の夜になると、わが家には、いつもより少し弾んだ声が響きます。小学4年生の孫、ひめちゃんがやって来るのです。日曜日の夜、ママが迎えに来るまでの二晩は、私たち夫婦と孫の3人暮らし。大きな行事があるわけではありません。食事をして、買い物に出かけ、宿題を見て、時には一緒に掃除をする。そんな何気ない週末です。

 この暮らしは、ひめちゃんが幼稚園に通い始めた頃から続いています。もう6年近くになるでしょうか。ママが週末も仕事をするため、祖母のもとで過ごすようになったのが始まりでした。

 ひめちゃんにとって、ここは「おじいちゃん、おばあちゃんの家」というより、もう一つの自分の居場所なのかもしれません。

 ひめちゃんは、妻を「おばあちゃん」とは呼びません。物心がついた頃から、ずっと「こっちゃん」です。「こっちゃん、これ見て!」「こっちゃん、今日は何食べる?」。その呼び声には、長い時間を一緒に過ごしてきた2人ならではの親しさがあります。

 ひめちゃんが小さかった頃、私は単身赴任中でした。週末の世話を引き受けていたのは、ほとんど妻です。晴れた日には朝から公園へ。滑り台にブランコ、鉄棒、砂場。元気な孫に一日付き合うのは、楽しい半面、体力も必要だったことでしょう。帰宅すれば食事やお風呂、寝かしつけ。今でも2人は同じベッドで仲良く眠っています。何年も積み重ねてきた日々が、今の信頼関係をつくったのだと思います。

 私は昨年7月に仕事を退いてから、ようやく毎週末の暮らしに加わりました。妻に比べれば、祖父としてはまだ新米です。今になって、妻が続けてきたことの大きさをしみじみ感じています。

 こっちゃん家は、ごく普通の賃貸住宅です。広い庭も特別な遊び場もありません。それでも、ひめちゃんはここへ来るのを楽しみにしています。

 朝は3人で食卓を囲み、お昼はなぜか決まってサンドイッチ。夜はひめちゃんの希望を聞いて献立を考えます。手巻き寿司、ハンバーグ、肉巻き、ドリア、焼きそば、オムライス、親子丼。好きな料理の名前が次々に出てきます。妻は野菜や果物も忘れずに添えます。食べ盛りの孫を思う、いつもの心配りです。

 「今日は何にする?」。そんな会話をしながら準備する夕食は、特別なごちそうではなくても、何よりの楽しみです。3人で同じテーブルを囲むこと自体が、私たちにはうれしいのです。

 ひめちゃんの好きなことの一つは、掃除と片づけです。週末には机や椅子の周りを整え、テーブルの上を片づけ、窓を拭くこともあります。

 昨年の誕生日に欲しがったのは、なんと掃除機。私たちも少し驚きました。子どもの「好き」は、大人の予想どおりにはいかないものです。もちろん、いつも張り切っているわけではありません。それでも、自分の手できれいにした場所を眺める表情には、ちょっとした達成感が見えます。

 最近は100円ショップで材料を買い、工作にも夢中です。小さな手で工夫しながら、次々と何かを作り上げます。シールを並べて整理する時間も、ひめちゃんにとっては大切な楽しみのようです。

 ひめちゃんには、小学校の低学年の頃から続く習慣があります。学校や塾の宿題を済ませてから遊ぶことです。学童保育で過ごした頃に身についたのかもしれませんが、今では自分なりの生活のリズムになっているようです。

 宿題が終われば、iPadでちいかわグッズやボンボンドロップシール、スクイーズを調べたり、YouTubeを見て工作のヒントを探したり。興味のあることを見つけると、すぐに調べ、試してみます。なかでも、ちいかわ好きが高じてこの夏ヒットした映画「人魚の島のひみつ」は友達、家族と6回も見に行きました。私と妻とは2回一緒に行きました(笑)。

 ベランダでは、学校から持ち帰った稲や、花屋で買ったシクラメンも育てています。好きなことがいくつもあって、見ているこちらまで飽きません。

 小さい頃は、公園で体を動かすのが大好きでした。自転車、スケートボード、ホッピングも、こっちゃん家で何度も練習して乗れるようになりました。初めはできなかったことが、ある日ふっとできるようになる。その瞬間のうれしそうな顔は、周りの大人にも忘れられないものです。

 私たちの年代になると、何かを始める前に「失敗したらどうしよう」「今さら難しいかな」と考えがちです。けれど、ひめちゃんを見ていると、まずやってみる楽しさを思い出します。孫の成長を見守っているつもりが、こちらの背中を押されていることもあるのです。

 ひめちゃんは、ママと2人で暮らしています。ママは仕事を頑張りながら、娘が将来、自分の望む道を選べるようにと願っています。ひめちゃんも、そんなママの思いを感じ取っているのでしょう。小さいながらに相手を気遣う姿を見せることがあります。

 祖父母にできることは限られています。それでも、週末に安心して過ごせる場所を用意し、時には遠慮なく甘えられる相手でいることなら、私たちにもできます。

 こっちゃん家では、頑張りすぎなくてもいい。そんな場所であってほしいと思います。

 家では明るく元気なひめちゃんですが、初めての人や慣れない場所では少し人見知りをします。祖父母として心配になることもありますが、それもひめちゃんらしさなのでしょう。誰とでもすぐに打ち解ける子もいれば、時間をかけて少しずつ心を開く子もいます。大人の物差しで急がせるより、本人の歩幅を大切にしたいものです。

 掃除が好きなことも、工作に熱中することも、慎重なところも。全部合わせて、今のひめちゃんです。

 単身赴任をしていた頃の私にとって、週末は仕事の疲れを取る時間でもありました。妻とひめちゃんが積み重ねてきた日常を、私は十分に知りませんでした。退職後、3人で過ごすようになってから、その一つひとつが見えるようになりました。買い物に行くこと。夕飯を決めること。宿題を見守ること。片づけを一緒にすること。

 どれもありふれたことですが、年齢を重ねた今だからこそ、そのありがたさが分かります。そして何より、長い間この時間を支えてきた妻への感謝を忘れてはいけないと思っています。

 日曜日の夜、ひめちゃんがママと帰ると、家は急に静かになります。少しほっとしながらも、どこか寂しい。けれど数日もすると、また金曜日が待ち遠しくなります。

 ひめちゃんは小学4年生。これから学年が上がれば、友達との約束や学校の活動など、自分の世界がますます広がっていくでしょう。

 いつか、毎週末こっちゃん家に来ることが当たり前ではなくなる日も来るはずです。寂しさはありますが、それは元気に成長している証しでもあります。

 子どもが育っていく時間と、私たち夫婦が年齢を重ねていく時間。その2つが重なる今を、大切にしていきたいと思います。立派なことをしてあげられなくてもいい。ここへ来れば安心できる、笑って過ごせる。そんな家であり続けられたら十分です。

 今週の金曜日も、きっと玄関から元気な声が聞こえるでしょう。

 「こっちゃん、こんばんは!」その声を楽しみに、私たち夫婦はまた週末を迎えます。